各 流 派 の 特 色 |
●流派の特色として、レコード『琵琶・その音楽の系譜』(監修=田辺尚雄、構
成=平野健次、制作=日本コロンビア㈱・昭和50年)の解説書の中、「近代琵
琶の音楽」P.46~50(執筆=金田一春彦)、及び『日本琵琶楽協会のあゆみ
ー琵琶楽の手引き』他より抜粋。
●また、音源として一部分紹介させていただきます。音源紹介へ→
(註. 本ホームページ使用の「弦」の字について、「絃」の字もあるが、『琵琶・
その音楽の系譜』では「弦」に統一されており、また現在公用語・教育用語で使
用されていることから、本ホームページでは全て「弦」に統一しました。
⇦ 薩摩琵琶と天吹の合奏図
近代琵琶は、楽器「琵琶」を伴奏とする声楽で、内容は主として英雄譚・合戦譚その他勇壮な物語である。薩摩琵琶は、清雅・悲壮な演出をもって聞こえているが、その中で古い伝統をもつ正派薩摩琵琶はその典型的なもので、声、楽器の演奏ともに豪放であり、自由闊達を特色とする。琵琶は大型の柱の高いものを、これまた大型の撥で勢い良くかき鳴らし、歌の合間、合間にいくつかある旋律型を、時には長く、あるいは短く、即興的に奏する。歌の方も、どの句をどの節でということは必ずしも決まっておらず、これも決められた旋律型の一つ一つにあてはめて、力強く、雄叫びし、熱演する。
(『日本琵琶楽協会のあゆみ―琵琶楽の手引き』P.32より)
⇦ 筑前琵琶創始者・初代橘旭翁
筑前琵琶は、薩摩琵琶より大分おくれ、明治中期にはじめて形をなした音楽である。しかし、瞬く間に隆盛になり、大正時代になると、薩摩琵琶と肩を並べ、琵琶界を二分する勢力となったことは、目ざましかった。筑前琵琶は薩摩琵琶とちがって、演奏者としては女性が多い。そのために、薩摩琵琶が清雅・悲壮を身上とする音楽とすれば、優雅・哀婉を生命とする音楽である。(中略)
筑前琵琶には、四弦の筑前琵琶と五弦の筑前琵琶とがある。曲によりたとえば「佛御前」(註.原文は「湖水渡」)は四弦のもの、「壇の浦」は五弦のものときまっている。ただし、これは流派の別ではない。同一の演奏家が四弦の琵琶を手に取った時に「佛御前」(同上)を演奏し、「壇の浦」を演奏する時には五弦琵琶を手にするといった調子である。 (『琵琶・その音楽の系譜』P.49より)
⇦ 錦心流創始者・永田錦心
錦心流琵琶は、明治30年代に、東京の永田錦心(本名、武雄)によってはじめられた薩摩琵琶の一系統である。錦心流の琵琶楽を正派の琵琶楽に比較すると、琵琶の手も、歌の歌い方も、正派は素朴雄渾であり、自由奔放であるのに対し、華奢・優雅であり、行儀がよい感じがある。琵琶の弦が細く、撥の使い方もおとなしい。
(中略)錦心流の琵琶楽はそのような特色をもつがしかし、正派から出たからには共通点も多く、例えば、一曲一曲が、〈前語り〉〈本語り〉〈後語り〉という構成になっていること、曲節に、〈基吟〉と《崩れ》《吟替り》および《吟詠》の四種類があること正派と同様である。 (『琵琶・その音楽の系譜』P.48より)
⇦ 錦琵琶創始者・水藤錦穣
錦琵琶は、水藤錦穣の創始で、錦穣は錦心流の榎本芝水の門から出ているから、系統から言えば薩摩琵琶に属する。しかし師から教えられたところに大きな改変を加え、筑前琵琶の手法をふんだんに取り入れ、さらに長唄その他の江戸三味線の要素を大きく導入しており、琵琶という楽器そのものをも大きく筑前琵琶に近付けた。
(中略)錦琵琶の音楽については、幾つかの特色があるが、ちょっと聞いて気付くことは、一般の薩摩琵琶のようにフシをつけて歌うところのほかに、コトバとして述べるところがあることである。筑前琵琶には多少コトバめいたところはあるが、錦琵琶ではさらにそれを徹底させ、コトバを劇のセリフのようにして入れたところがある。この点では浄瑠璃の類に一歩近付いたと言ってよい。歌の部分は、錦心流のものに一番近いことは確かであるが、随時筑前琵琶に似たところが聞かれ、ことに《流し》のフシがそのまま入っている。また随時長唄その他の三味線音楽を思わせるフシもまじって聞かれる。 (『琵琶・その音楽の系譜』P.48より)
⇦ 鶴田流琵琶創始者・鶴田錦史
鶴田錦史が、最も心血を注いだのは、楽器の改良と奏法の開発です。楽器としての薩摩琵琶を、現代に再認識させ、その優れた特質を、最大限に引き出すことにあったのです。その結果は、作曲家武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」によって開花し、日本の伝統楽器である薩摩琵琶は、鶴田錦史と共に、広く世界に認識され、現代のあらゆる音楽に浸透しています。
(※ 近年、現代音楽としての琵琶楽が特に若い世代に注目されています。古典としては、錦心流から錦琵琶を経て、錦琵琶が歌・弦共に、より女性的傾向を深めるのに対して、錦心流あるいは薩摩琵琶本来の、勇壮闊達な芸風に立ち返り、加えて鶴田独自の五弦五柱による演奏様式が完成された。)
(『日本琵琶楽協会のあゆみ―琵琶楽の手引き』P.52 他より)
⇦ 平家琵琶「初霜」(金田一春彦氏旧蔵)
平曲を味わうためには、一度鎌倉・室町時代の人になった気持で聞いてもらわなければならない。鎌倉時代の人にとって平曲は面白い、素敵な音楽だった。それは何故かというと、その内容によって節も拍子もそれに相応しく変化する音楽だったからだ。一体それまでの日本の声楽は内容によって節や拍子を違えることはなかったようだ。平安時代に栄えた催馬楽とか神楽歌とかを聞いて見るといい。そこへいくと、平曲は『宇治川先陣』や『鵺』のような勇ましい内容のものは活気のある節がつき、テンポが早く『小督』や『横笛』のような哀れな内容のものには、しんみりした節がついており、テンポも遅い。この傾向は、南北朝時代の明石検校の創始でそうなったのであろうが、とにかく邦楽の大改革であり、当時の聴衆を魅了したものだったに違いない。(『日本琵琶楽協会のあゆみ―琵琶楽の手引き』P.28 金田一春彦著『平家考』より抜粋)